富士山の見える部屋

私は人生で7回ほど引っ越した経験がある。
しかしながら、4都市くらいなので、転勤組に比べると極低の部類と思う。

その中の一つ、ワンルームに引っ越した時の事。
その集合住宅(ワンルームが各階20ほどあって、三階建てだった)に引っ越そうと思ったのは家賃が安いからというのもあったが、飛び込みで入った不動産屋さんで紹介してもらった中で一番良い部屋だったのがそこだったから。

当時、たしかにネットで賃貸系はあったと思う。しかし、数は少なく、地元の不動産とか、よく聞く賃貸ショップとかの方が分かり易かった、というのもあった。

今思えば、良くなかったよなあ、と思う。環境が悪いなと知ったのは住んでから。

宅配物も何回も盗まれた。受取確認が必要なものはしつこく持ってきてくれるが、ポストに入らず、受取確認がいらないものは玄関前に置いて行ってしまう。そういう類は大概盗まれる。ちょっと分厚い本とかなのだが、パッケージのしっかりしたCDとかも持っていかれたので、その時はショックだった。

そんな部屋を紹介してくれた時のことだ。その不動産屋さんがその集合住宅の下で、「数部屋空いているので、見に行きましょう」といい、階段を上って二階の部屋へ。
玄関を開けると人一人分の通路の脇にユニットバスとキッチン。シンク下に真四角の冷蔵庫(よくホテルにある奴)。部屋への扉はなく、入ると、六畳ほどの長い部屋があった。エアコンはあったが、当時からしても時代遅れのもので、リモコンはなく、エアコンにぶら下がっているコントローラで動かすものだった。

「どこも同じ作りですよ。三階も空室あるので行ってみましょう」
階段で三階へ。入ってみると同じ作りで、左右反対なだけだった。

ただ、大きく違ったのは景色だった。
二階からの景色は、ただ眼下には駐車場があって、目の前にはアパートやマンションが見えるだけだったが、この三階は、二階とは反対側になるのだが、そちらは住宅街で、その家々の屋根が見えた。

「一階上るだけで結構違いますねえ。ほら、向こうに富士山、見えますよ」
確かに、富士山だった。雪が残っていると思われる部分が見えて、明らかに富士山だった。

そこに決めたのは、最初に書いた理由そのままだけど、富士山を毎日眺められるという事も加味はあった。

その部屋に住み始めてから、実際には富士山を毎日欠かさず見たか、というとそうでもなかった。
ただ、今こうして書いていて思い出してみても、印象深く私に根付いているような気がする。
やはり富士山は偉大だったんだな、と思う。その当時も、どこかで心の支えにしていたのかもしれない。

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