会社へ向かう中、お祭り後の通りを通った。
休日にあったようだ。
屋台とかまだあったが、人はいなかった。
祭りの後って寂し気なイメージだ。
確かに、ばーっっと盛り上がった後ってなんとなくむなしくなったりする場合もある。
それを一言で表した言葉。
昔からいい言葉だなって思うけど、それ以上の感覚がない。
楽しいときもあれば、その後もあって、その後はそれなりの人生が連なっていく。
ただただ、そんな感じ。
そのまんま、人生だなって思っている。
人生の祭りを味わった後、「楽しかったなあ……」で、人生終えていく人たちを数人見ている。
その方々の今は「祭りの後」なのだ。
寂しいなあ、と思うけど、そう常に語れる祭りがあるだけよい人生なのかもしれないな、と思った。

今は分からない桜の木
桜は春にか咲かない。その時、存在感を示す。今、葉を重ね、広がりながら緑濃くエネルギーを蓄えている。しかし、今は単に大木なだけ。春に「ああ、桜の木だな」と認識しておかないと、そのあたりの木と同じにみえてしまう。むかし、「昔話の英雄のその後」と...
これにも書いたけど、そういった人生において巨大なイベントがあった人はそれを語って生きていける。それはそれでいいのかな、ともおもってしまう。
なので、「祭りの後」の人生を数十年生きようとも、それはそれで楽しいのではないだろうか、って思ってしまう。
ただね、私はあまり納得いかないので、頑張って生きていきたいなと思っている。
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