電車で目覚めると、目の前に腰を曲げた老人がいた。
私はあわてて席を譲った。眼も合わさずにすっと座った。
私はその場を離れて、ドアの横によりかかった。
電車は空いていた。いくつか席も空いていた。
その老人は私の前から動く気がなかったのかな……。
どのくらい前からいたのかな……。
「いいことをした」とか、他者か「寝てんじゃねえよ、早く気づけよ」と思われていたのかなとか、特に関係なく、私は寄りかかり、思った。
私も席を譲ってほしいと思う日が来るのだろうか……。
もちろん今でも、いや、昔から、電車で「座りてー」って思うことは多々ある。
これは私だけじゃない。席が空いた途端遠くから、ありえないスピードで席を横取りするおばさんも多々いる。
ただ、空いたから座るのであって、私にあえて譲ってほしいとは思わない。
空いてほしいな、と思うだけ。
しかし、私も、譲ってほしいなあ、と目の前に立ちつくす日がいずれくるのか、と思うとなんとも言えない気持ちになる。
それが、老いであり、人生でもある。
いろいろとできなくなる日が来る……。
ただ、私はできるだけ、抗っていきたいと思っている。

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